Camino de Santiago

巡礼者との対談/明日の夢 Yuta Sawada

第5章 旅の終わり

達成感

編集F:
踏破した時の充実感はどうでしたか?
澤田:
最後は、もうサンティアゴに着きたくないんですね。
編集T:
いつまでも歩いていたい?
澤田:
ええ、サンティアゴの一つ手前の村で、サンティアゴの大聖堂(カテドラル)が見える高台があるんです。そこからサンティアゴの町が見えるんですけど、みんなそこで止まっちゃって、もう進みたくない、着きたくないみたいな感じになるんです。
編集F:
それ、何ていう町です?
澤田:
たしかモンテ・ド・ゴーソでしたね。着いたときは感動でいっぱいです。サンティアゴには旅行で行ったこともあったんですけど、全然違う。やっぱりすごい、なんて言うか、たぶん歩いた人にしかわからないような感動がありますよ。精神的にもそうだし、いろんなこと、辛かった道のりとか、仲間とか、仲間とみんな最後にワーっていっしょになって、飲みに行ったこととかも思い出しましたね。
編集部注/モンテ・ド・ゴーソ
Monte do Gozoは、「喜びの丘」と訳されている。サンティアゴ郊外の丘で、この丘に上ると、サンティアゴ大聖堂を見ることができ、巡礼者が歓喜の声を上げたところから、この名前がつけられた。巡礼者用アルベルゲ、バンガロータイプのキャンプ、学生寮、3つ星ホテル、レストランなどが広大な敷地の中に作られている。

宿泊施設情報
http://www.galice.net/campings/camping_coruna/camping_monte_do_gozo_santiago.htm

ホテル情報
http://www.montedogozo.com/esp/habitaciones.htm

旅の終わり

澤田:
でも、最初はホントにもうやめよう、やめようって思いました。
編集A:
男の人でもそう思うんだったら、私たちにはもうとても無理ですね。
澤田:
そんなことないですよ。みんなも言ってますよ。もう帰るとか、もう俺は明日いないからなとか、でもみんな最後まで行くんですね。
編集T:
レンタカーとか、バスとか、そういう方法で行く人もけっこういますか?
澤田:
まあ、そういう方法で行く人もいますね。時間がなくてただ、雰囲気だけちょっと見てみたいっていう人の場合ですね。

編集A:
でもそれは、全然違いますよね。苦しんでやるところに意味があるわけですよね。
澤田:
そうですね。
編集A:
自転車の人って、マウンテンバイクとかで行ってるんですか?
澤田:
そうですね。
編集A:
そっちの方がたいへんそう。
澤田:
たいへんだと思いますね。
編集T:
自転車で200 km.っていうのは、どの都市から始めればいいんですか?
澤田:
ポンフェラーダ(PONFERRADA)あたりからですね。
編集部注/徒歩と自転車による最低の巡礼コース
「フランス人の道」で徒歩ならサリア(115㎞)、自転車ならポンフェラーダ(206㎞)あたりからサンティアゴまでが認められた最低の距離。

行き倒れた人の石碑

澤田:
日本人で亡くなった方の石碑みたいなものがありました。
編集A:
道の途中で?
澤田:
えぇ、道の途中に。
編集T:
昔ですか?
澤田:
いや、最近ですよ。1回目と2回目の間でしたね。1回目はなかったけど、2回目に見ました。
編集A:
道で亡くなると石碑を立ててもらえるって、そんなこと、あるんですか?
澤田:
ありますよ。そんなのはいっぱいっていうか、所々ありますよ。カナダの人のも見ましたよ。
澤田:
旅の最後に、ガリシアで一番きつい山があるんですよ。そこは登らないといけないんだけど、そこを登るためには、もっと前から歩いてきてないと、とても登れないんですよ。すっごくきつい、6時間か7時間、登りっぱなしって感じです。
編集A:
トイレとかそういうところはあるんですか?
澤田:
その辺です、みんな。
編集A:
女性はどうするんですか?
澤田:
その辺でしてましたよ(笑)。あとは5 km.ほど我慢すれば、また村に出るので、どこかのバルに入ってする。気にしない人は、女性でもあんまり気にしない。

思い出

編集F:
どんなことが思い出に残っています?
澤田:
やっぱり仲間たちのことですね。スペイン語ができたことは、親しくなるうえで、やはり大きかったと思うんですね。
編集A:
日本人に会いました?
澤田:
えぇ1回目のとき、女の子が東京から来てたんですね。すごく華奢な感じで身長は150センチぐらい。とても歩けるって思えない。一人で来ているうえに日本語しかできない。それがフランスからスタートしていたんです。びっくりです。周りのみんなも、すごいフォローをするんだけど、言葉がわからない。毎回、僕が呼ばれて通訳させられました。
全員:
(笑)
澤田:
どこが痛いのか、何が食べたいのか、とにかく全部、聞いてくれって言われました。彼女が巡礼している理由もいつも聞かれるんですね。サンティアゴに着けば、神のご加護が得られると思って来た、という話でした。東京・四谷の上智大学周辺にキリスト教の教会がありますよね。あそこでボランティアしていたそうです。ホントに不思議な子でした。
編集A:
年配の人は?
澤田:
いましたよ、日本人で50、60歳ぐらいの人。足が違うので、その人たちとは、1日か2日ぐらいしか会えなかったですけど、巡礼のために来た人ばかりでしたね。
編集F:
そこで知り合った人たちとは今でもが交流ありますか?
澤田:
今では、何人かしかいませんが、向こうで知り合ったスペインの人たち全部の住所や連絡先を聞いていたので、1回目の旅が終わった後に、その人たちを訪ねる旅をしたんです。アリカンテ、バレンシア、バルセロナと回り、全部観光案内してもらいました。
全員:
(笑)
編集A:
それはよかったですね。
澤田:
そうですね。それにごはんも食べさせてもらえるって、わかってたので(笑)。

時間の感覚

編集A:
また、行きたいと思います?
澤田:
行きたいですね。何回でも。最初の何日間か苦しむのは、わかってるんですけど、なんて言うんですかね、歩いていたときのあの雰囲気、あのゆったりとした時間を、ふっと想いだすんですね。日本ではありえない、何もすることのない時間でしたね。
編集F:
そうでしょうね。日本の生活はミリ単位ですからね。
澤田:
古い教会の中で、自分はどこに来たんだろうっていう感覚がありました。
編集F:
その時間ってなんでしょうね。子どものとき、時間はいっぱいあったと思う。だけど大人になるとそれは消えて、ただ人生がせわしなく流れていく。でも巡礼の道にはあるんですね、そうした時間が。
澤田:
そうですね。
編集F:
東京にいても、せめてテレビを消してしまうといいんでしょうけどね。
編集A:
巡礼してるときって、自分だけの時間ですよね。
澤田:
それはそうですよね。自分を見つめ直すっていうか、いろんな事考えますね。この先の事とか、過去の事とか、家族の事とか…
編集F:
この道は、遺跡として守られている道ですか?
澤田:
そうですね。
編集F:
車などは入ってこないですか?
澤田:
町の中を通っていることもあるんですけど…、あんまり車はないですね。そのせいか歩いているときも、いろんなものを見ながら、いろんなことを考えながら、歩いていますね。
編集T:
巡礼をして、何かが変わりました?
澤田:
うーん、そうですね、物事を急がなくなりましたね。あの非現実的な世界を思い出すと、日々の暮らしの悩みなど、どうでもよくなってきますね。