「天書」に寄せて

 風の便りに中国で古代文字に関する作品集がでたと聞いた。知人の手を通して、その本は今僕の手もとにある。著者は韓美林先生、感動的な作品である。

 5000年前、シュメール人が粘土板に楔形の“しるし”を刻みつけたのが文字の誕生と言われている。その瞬間から人間の考えや感情、情熱や才能、芸術や科学は永遠の命を持った。「書く」ということほど人類に大きな影響を与えた発明はないと思う。「誰が最初に痕をつけたのか」。僕の頭の中では、いつもその疑問が離れない。

 地球上には未解読文字もたくさん存在していて、長い間謎とされてきた。イースター島のロンゴロンゴ文字。クレタ島のファイストス円盤文字。この2つの文字を解読したスティーブン・ロジャー・フィッシャー博士がニュージーランドに在住しているので訪問することにした。フィッシャー博士は11才の頃、沖縄に住んでいたので片言の日本語を話す。『言葉の歴史、文字の歴史』という立派な本も出版されていて、現在はポリネシア言語研究所所長。未解読文字研究の第一人者である。「石の上にも三年という諺があるが、私は石の上で40年研究している」と言われた。「なぜ世界の文字に興味を持ったのか?」 「未解読文字はどこから解読するのか?」 2日間に渡りインタビューを続け、文字に関する深いところを感じることができた。

 僕はこの旅の間中、韓美林先生の長文の自序の大事なところに線を引きながら読み続けた。韓美林先生も、字義不明な古代文字を30年以上に渡って書きとめてこられたという。また甲骨文字、篆書体、顔真卿の楷書など先生の宝物と僕の宝物には一致するところが多かったのには驚いた。
デザインという言葉は欧米から輸入されたが、東アジアのデザイン、特に僕が専門としているタイポグラフィは、筆の中に隠れているのではないかと思い、50才を過ぎた頃より石川九楊先生に指導を受け、本格的に書道を始めた。西安の石林に何度も足を運び、褚遂良や顔真卿の石碑を見て、拓本を買って帰り、現在でも朝起きると中国製の机に向い、硯に水滴をたらし、墨を摺り、半紙に数枚臨書を続けている。デザインの仕事のウォーミングアップとして、臨書すると次の仕事が見えてくるから不思議だ。

 韓美林先生の仕事で一番驚いたのは、やはり2001年に制作されたオリンピック・エントリー用のシンボルマークと各競技のアイソタイプだ。国家事業としてのシンボルマークを、龍が天を駆けめぐるような筆の回転運動の中から発見した意義は大きいと思う。欧米のアイソタイプとは違うアジアのデザインを見て、世界はアッと驚いたと思う。やはり永い筆による研鑽の賜物だ。2008年のオリンピックでは、韓美林先生の指導により若い王明さんを中心に中央美術学院の大勢の人たちによって、篆刻からシンボルマーク、金文から各競技のアイソタイプが完成したことは喜ばしいと思う。

 天書は、韓美林先生のあらゆる創作に向かう源流のように見える。創れば創る程、創作活動を広げることが出来るのではないかと僕は思う。

アートディレクター 浅葉克己